WORKS
『街中のひととき』 一欠けらのパンをくわえほんのりと温かみの残ったポットと目についたカップを手に取り、台所横の扉を開けた。 思わず目を覆いたくなるような日差しにあたり一面に咲き誇る色とりどりの草花、穏やかな風がほのかに香りを運んでくる。出迎えてくれるのは小汚いアパルトマンの壁と、蔦が絡まりあまり意味をなしていない手すり。動き始めた町の音がかすかに聞こえてくる。 棘が刺さらない様に少しよけながら階段を下りる。この手すりもこれはこれで意味を成しているのかもしれない。 無造作に置かれたテーブルにポットとカップを置き、脇に挟んだ新聞を広げながら椅子に腰をかける。当然座り心地なんていい訳がない、むしろ少しガタついているくらいだ。 石畳の上に置かれた椅子なんてそんなものだろう。 一面を読み終えたところでポットの中身を注ぎ口に運ぶ、少しぬるいが爽やかな香りが広がる。昨年摘んだペパーミントだろうか。 狭い庭だが多様な植物が育てられている、ペパーミントをはじめミント系がいくつかとラベンダー・ローズマリー・カモミール・バジルなどよく見かけるものが並んでいる。 夕暮れ時によく採りに行かされる。洗面所に置いてある石鹸も作り置きしているようだ。 手すりやアーチに巻き付いたアデレード・ドルレアンに、サマー・スノーが今にも窓を覆い尽くそうとしている。 足元では木立のバラがいくつかと宿根草が色を添えている。 あまり広い空ではないがカエデとタイサンボクが丁度いい日陰を作ってくれている。 正直ここまでよく育ったものだ。 ここには日々の食卓を彩るものがある。 頂き物のお返しにバラを一輪送ることができる。 気分転換に読書をしていたら、うたた寝をしてしまう事もある。 友人と酒を酌み交わすこともあれば、今みたいに一人で朝食を摂ることも。 当たり前のように水をやり、当たり前のように花を摘み、当たり前のように枝を切る。 当たり前のように其処にあり、当たり前のように其処で暮らす。 だからと言って毎日のようにここで一人食事をしている訳では無い、今は少し家に居づらい雰囲気なだけだ。逃げ込める場所があるのはありがたい。 そんな毎日が特別をつくっていくのかもしれない。 次の休日には、ラベンダーのシフォンケーキでも焼いてお茶をふるまおう。 さて今日も一日が始まる。